「死者のためのミサ」エピローグ~平穏を~
お待たせしました。これにて完結、エピローグです。概要やこのお話を書くに至った経緯は、お手数ですがプロローグをご覧下さい。
「楽しかったわね」
ここは駅。帰りの高速列車を待ちながら、シェーンがそう声をかけた。
「自分はもう二度と経験しなくていいです」
シェーンが声をかけた相手、ロイはげっそりとしてそう答える。昨日オリヴィアとウィルが舞踏会から帰ってきた時、シェーンとロイは既に自分たちのウィークリーマンションへと戻っていた。けれども帰ってから直行したらしく、夜中ウィルはシェーンたちに燕尾服(と蝶ネクタイ)を返しにきた。睡眠が何より大切なロイは、生活リズムを狂わされてご立腹という訳だ。演奏会は無くなっても約束の一週間は過ぎる訳で、こうしてシェーンとロイはユルバンを去る時が来た。因みに燕尾服はそのままズーデンへと丁重にお返しした。
「今度さ、カスターニャ市でお祭りやるんだって。行ってみない?」
シェーンはいたずらっぽくロイに微笑む。
「また旅行ですか……自分ら学生なんですよ」
ロイはまだご機嫌斜めなようで、むすっとしながら答えた。
「ほら、でも、カスターニャ市って、ウィルさんとオリヴィアさんの住んでる街らしいよ? 行ってみたくない?」
「行くなら卒論ちゃんと書いて下さいね」
「いいの!?やったー!卒論ちゃんとやりまーす」
調子よく答えるシェーンに、ロイもようやっと微笑む。
「就職先がやっと見つかったのに、ここで卒業出来なかったら笑えないなと思っただけです」
シェーンは大学4年生。単位もお金もギリギリで生き続けるタフなガールであった。
「そうね。最後の年に、面白い思い出が出来たね。新しい友達にも出会えたし?」
「シェーンさんって本当に謎のコミュ力ありますよね……」
二人は同じ合唱団の仲間に続いて、高速列車へと乗り込む。小さな窓から見えるのは駅の喧騒ばかりで味気ない。
「さよなら、ユルバン」
シェーンが優しく呟く。合唱団の面々を乗せた列車は、ゆっくりと走り出した。
「なんだかんだ楽しかったわね」
ここも駅。帰りの列車に乗るため、ホームで待っていたオリヴィアがそう言った。
「もうこりごりだ」
素っ気なくウィルが答える。そういえばこの旅行中、ウィルは振り回されっぱなしだったのかもしれない。オリヴィアのバックの中で大人しく収まっているウサギのぬいぐるみが、心なしか動いたような気がする。
「今度は落ちるなよ」
ウィルがぼそっと呟いた。ウサギのぬいぐるみことプリンセス・トルタから殺気が発せられ、列車に乗ってコンパートメントに座ったら速攻殴られることをウィルは察した。
「また、会えるかしら。シェーンさんとロイさん」
「冗談じゃねぇ。じゃじゃ馬娘はお前一人で充分だ」
「あなたって本当に……」
遠くを見るように目を細めて、出会った二人について思いを馳せていたオリヴィアは、ウィルの悪態にげんなりする。
「どうしようもない人ね」
その言葉とは裏腹に、華やかな微笑みを浮かべるオリヴィア。思わずハッとしたウィルだったが、次の瞬間には我に帰って列車に乗り込む。
「ほら、行くぞ」
オリヴィアとウィル(とプリンセス・トルタ)、それからシェーンとロイの不思議な一週間は、こうして幕を閉じたのであった。
「死者のためのミサ」7.楽園にて
「死者のためのミサ」6.解放せよ
お待たせしております。6話です。概要やあらすじは、お手数ですがプロローグからご覧下さい。
シェーンがウィルとオリヴィアのそれぞれに会って話をした、その次の日のこと。オリヴィアはすっかり忘れていたことを思い出した。ユルバン公爵家の舞踏会である。プリンセス・トルタの失踪やシェーンとロイとの出会い、”ユルバン公の呪い”騒ぎで忘れていたが、公爵家の舞踏会は明晩に迫っていた。街は”呪い”で大騒ぎ、追悼式も中止となったが、あのイベントはユルバンという街企画・運営しているもので公爵家が主催しているのではないらしい。今回の舞踏会はユルバン公とは特段関係無いこともあり、公爵家は舞踏会を決行することにしたらしい。オリヴィアにしてみれば、祟りだなんだと先祖が取り沙汰されているときに社交のためのパーティーを開くだなんて……と疑問に思うところもあるのだが。とにかく中止にしてくれないのであればオリヴィアは行くしかない。しかしこれも忘れていたことではあるが、オリヴィアのパートナー候補はすっかり舞踏会に行く気をなくしていたのだった。
「ねぇ、やっぱり……ダメ、よね」
「何の話だ。主語がねぇ」
ゆっくりと尋ねたオリヴィアを一刀両断したウィルは、いつものことだがな、と心の中で付け加える。ウィルの考えるオリヴィアの悪い癖は、会話に度々主語が抜けてしまうところだった。……あとはまぁ、嘘が下手くそなところ?ウィルはそこまで考えて、オリヴィアに視線を向ける。
「毎日毎日、あのオルガンはいつまで鳴るんだ。レクイエムってクソ長ぇの?」
「えっ?」
赤い、赤い瞳。サングラスを外したウィルの顔がこちらを向いて、赤いその目にオリヴィアの真っ赤な夕暮れに自分が一人佇んでいるような気さえして、オリヴィアはまじまじとウィルを、その瞳を見つめてしまった。
「……さあ、昔聞いたときは確かに長く感じたわ。でもそのときは子供だったからかもしれないし」
幾分間をあけたにも関わらずはっきりしない返答になってしまったが、それでもオリヴィアは返事をした。
「ふーん」
自ら聞いた割にはつまらなそうなウィルの反応。だが話はそこで終わらなかった。
「じゃあ、行ってみる?」
「あなた、私が今何に悩んでいると……いいえ、何でもないわ。呆れた。」
オリヴィアの溜め息に、ウィルはニヤリと笑いを返す。
「決行は今夜だな」
「はい?」
ともすればわざとらしいほどに疑念を込めた顔と声で、ロイはシェーンへと聞き返す。
「決行は今夜だな!」
同じ言葉をシェーンは繰り返す。今は穏やかな昼下がり。二人の部屋でいろいろと並べながら、シェーンは張り切った様子だ。
「何をするつもりなんですか」
ロイはほとんど一日中過ごしている彼の安住の地、ベッドの上から問いかける。
「なんもしないって!ただ行って、ちょーっと聞いてくるだけ」
シェーンは懐中電灯や地図、それに何故か楽譜などを確認し、リュックへと詰めていく。午前中忙しそうに買い出ししていたのはこのためか。いや、そもそも昨晩、ウィルやオリヴィアに会ったのだと言いながら考え込んでいたときから、彼女の壮大な暇つぶし計画は始まっていたのかもしれない。
「何故楽譜を」
「だって、パイプオルガンだけじゃ、今どこを弾いてるのかわからないから」
「それで決行は今夜ですか」
「今夜っていうか、いつも夕方の鐘のときに聞こえてくるから、もう少ししたら行くわ」
あっさりとそう言い放つシェーン。基本的にシェーンが何をしようと、ロイはじっと動かないことをよく知っているからだった。シェーンが包丁で指を切ったときも、微動だにせず安住の地で寝転んでいたのにはさすがに腹が立ったが……まあ、今はそんなこと関係ない。
「旧教会の跡地まで行くんですか」
「うん。遅くなるかも。早く帰ってくるかも。」
いささか雑な返答をしたシェーンの後ろで、ロイがもそもそと着替えを始めた。シェーンより手早く出掛け支度を済ませたロイが、黙ってシェーンの後ろに立つ。
「ど、どこ行くの?」
「シェーンさんと一緒に行こうかと」
「それホントに言ってるの……?」
「まあたまには」
さあ、遅れますよ。そうロイに促され、シェーンは部屋を出ると鍵をかけた。
夕方の鐘までは、まだ少し時間がある。二人は旧教会跡地、つまり例の廃教会を目指してのんびりと出発した。
「窓閉めたっけ」
「元から開けてないですよ」
「カギ閉めたよね?」
「シェーンさんが閉めたでしょ」
「いや、なんか不安になってきちゃって」
二人は歩きながらフォーレの「レクイエム」を復習する。レクイエムというのは一つの作品ではあるが、その中身は何曲もある組曲の形式をとる。フォーレが作曲したレクイエムは全部で七曲あり、今までの”呪い”騒ぎではきっちり一日一曲演奏されているようだ。ようだ、というのは、パイプオルガンのパートだけでは、やはりイマイチ判断がつかないからであった。しかし一日一曲の計算でいけば本日は六曲目が、そして明日の夕方に最後の曲が演奏されるはずであった。
「ところでシェーンさん」
「なんだねロイよ」
「なんでズーデン先輩の燕尾服を持ってきてたんですか?」
「持ってないよ?」
「いや、さっき持ってきて部屋に置いといたじゃないですか」
ズーデンというのはシェーンやロイと共にユルバンを訪れている合唱団の一員で、ロイをはるかに上回る身長と渋い低音の声、それからちょっぴり赤いほっぺ(シェーンのイチオシポイントであるらしい)が特徴の好青年だ。今日の昼ごろ買い出しから帰ってきたシェーンは、燕尾服一式を持っていた。ロイが「それはどうしたのか」と尋ねたら、「ズーデンから借りた」のだと答えていた。
「あれはね、まぁ、明日用?」
シェーンの反応は曖昧だった。
「明日?」
「明日になればわかるって。あ、ロイ、明日蝶タイ貸して」
「はあ、どうぞ」
彼女に燕尾服が必要な用事があるとは思えないが、ロイは承諾した。元々は明日行われるはずだった本番の衣装として持ってきたものだ。つまりは、燕尾服に関して言えば、ロイも持っている。それをどうして、わざわざズーデンのものを。しかも蝶ネクタイだけはロイのものを借りるという。ロイが混乱している内に、二人は廃教会へとたどり着き、おしゃべりはそれまでとなった。
その教会は中世から存在している古いものだったが、その古さゆえにほとんど崩れかかっていると言ってもいいくらいにボロボロだった。恐る恐る中に入ってみると、ホコリだらけではあったが、意外にも雨風をしのげそうな建物ではあった。
「とにかく、誰かが弾かなきゃオルガンは鳴らないわ」
「ねぇシェーンさん、ユルバンの幽霊に足はありますか」
「は?」
ロイに問われ足元を見ると、ホコリだらけの床には足跡がついていた。それはあっちへ行ったりこっちへ来たりしていたが、パイプオルガンへと続く階段の方へも伸びていた。
「足のある幽霊が、入り浸ってるのかもしれませんね?」
「バカおっしゃい。誰かが出入りしてるのよ。生きている人間が」
次の瞬間、ボーッとパイプオルガンの音が響き渡った。
「「わあああああああああっ!?」」
二人は叫び、反射的に上を、パイプオルガンの奏者席を見た。すると、いたのだ。さっきまで誰もいなかったはずの奏者席に、黒い後ろ姿が……と思うと、その隣にも人影がひょっこりと現れた。
「シェーンさん、ロイさん!」
「オ、オリヴィアちゃん!?」
その人影が発した声に、シェーンは昨日まで「さん」付けしていたことも忘れて声をかける。なるほどさっきまでだれもいなかった訳ではなく、ウィルとオリヴィアがしゃがんでいたので見えなかったのだった。シェーンとロイは階段を昇らず、祭壇のあたりまで進んで上を見上げながら話した。
「来てたんですか」
ロイが声をかける。
「暇つぶし。本当に音が鳴るんだな、コレ」
ウィルが応じる。
「いや、パイプオルガンはそこを弾いただけじゃ鳴りません。空気を送らなくっちゃ。送風装置が機能しているとは思えないのに不思議だわ」
シェーンが疑問を口にする。
「私たちが到着したときに一通り見て回りましたが、他には誰もいないようでした。それどころかもうずっと、人が出入りしていた様子はありません」
オリヴィアの報告。それに答えようとシェーンが口を開いた、そのとき。教会全体に響くような轟音が音という音を塞いだ。
「ちょっと、ウィルさん!?」
「俺じゃねーよ!」
やっと声が届くようになりシェーンが困惑しながら叫んだが、答えるウィルも同じくらい困惑していた。やりとりの間も音は止まらない。パイプオルガンはひとりでにリズムをつけ始め、何やら曲のような様相を呈してきた。外からは鐘の音も聞こえてくる。
「始まった!今日の演奏が始まったんだよ!」
オリヴィアの腕の中から、プリンセス・トルタが叫ぶ。
「でも、誰もいないのに!」
演奏に負けじとオリヴィアが言った通り、奏者席には誰も座ってはいなかった。目に見える奏者は、誰も。
「ど、どうすればいいの!?」
シェーンはウィルに向かって叫ぶ。ウィルはちらっと奏者席を見たが、一瞬で判断した。
「これは悪魔じゃない!そんなに悪さもしちゃねぇし……だから、お前らがやれ!」
「はぁ!?」
「俺にもやり方は無くはないが、お前ら、この曲わかるんだろ!?」
「何を言ってるの!?」
混乱するシェーンにウィルは尚も叫ぼうとする。しかしそれより先に、ロイがシェーンのリュックを開ける。
「ロイ!」
「シェーンさん。早くしないと曲が終わっちゃいますよ」
ロイはシェーンのリュックから引っ張り出した楽譜をめくる。
「今日は六曲目、でしょ?」
そして自分のカバンをどさりと床に下ろすと、息を吸って歌いだした。
ロイの歌声はまるで液体のような密度がある。不思議な声だ。そしてひとところに留まらず、ゆらゆらと揺れる水のような声だった。その声で高く、低く、パイプオルガンについていくように歌う。ロイの歌にハッとしたシェーンは、自分も同じようにリュックを下ろすと、楽譜を覗き込んだ。
シェーンのピンと張った弦のような声が、普段の彼女からは考えられないほど低く、導くように歌い上げてゆく。一番響く立ち位置を見つけた二人は、死からの解放を願う歌詞を歌う。
二人の声が同じ旋律を歌う。たった二人ではパイプオルガンの轟音に適わないと思っていたが、そんなことはなかった。二人とも歌声はよく通るほうであったし、それにパイプオルガンの音も、心もち小さくなった気がした。
曲は静かに終わった。二人はほっと息をつき、プリンセス・トルタとオリヴィアの拍手が降ってくる。しかしほどなくしてまた鳴り始めた音に、シェーンとロイ、ウィルとオリヴィアは驚いて顔を見合わせる。
「二曲目!?嘘でしょ、だってこれまで……」
シェーンは言いかけて止まった。ちらりと奏者席を振り返ると、ためらうことなく前へ出る。この曲は女声の旋律から始まるのだ。
天使の旋律と思えるほどの甘やかなメロディーにできるだけふさわしくなるよう、シェーンはホコリっぽい空気を必死に吸っては歌う。ユルバン公の時代では女声ではなくボーイソプラノだったかもしれないが、今この場でこれだけの高音が出て、この曲を歌えるのはシェーンだけだ。シェーンは歌った。ボロボロの教会が彼女のホール、幽霊のパイプオルガンが伴奏だ。しかし、彼女はそれでも一人ではない。ロイの声が優しく合流し、二人の歌はゆっくりと高音から低音へと降りてくる。そう、ちょうどいい共演者もいる。そして、ウィルとオリヴィア、プリンセス・トルタが観客だ。今までで一番奇妙なコンサートが、終わろうとしている。
二人が声をそろえて最後の言葉を歌った。するとパイプオルガンも「チャーン」と柔らかな和音を二人の声に添えて曲を締めた。
「やったじゃん」
ウィルがこちらを見下ろして言った。廃教会のパイプオルガンは、その後いくらいじっても、もう音は鳴らなかった。
「死者のためのミサ」5.神の子羊
遅くなって大変申し訳ありません。5話です。概要やあらすじなどは、お手数ですがプロローグをご覧ください。
「死者のためのミサ」4.慈悲深きイエス
「死者のためのミサ」3. 聖なるかな
遅くなりました。3話です。概要、あらすじ等はお手数ですがプロローグをご覧下さい。
ウィルとオリヴィアがシェーンたちに会った翌日。二人はシェーンとロイの宿まできていた。本来なら、昨日あのままシェーンとロイの部屋まで行き、無事にプリンセス・トルタを回収するはずだったのだが。
「シェーン!ロイ!団長が呼んでるぞ!」
昨日のやりとりの、すぐ後のことである。合唱団の団員らしき人が、二人を呼びに戻ってきた。
「えっ、あ、私達、今予定が……ロイ、ロイだけでも行っておいで」
「シェーン、シェーンもだ。悪いが、本番についての連絡を全員に直接したいらしい」
ロイだけを押し出すシェーンに、団員はきっぱりと首を振った。シェーンは困ったように、ウィルとオリヴィアに目を向ける。
「ほら、行けよ」
意外にも、そっけなくではあったがウィルが言う。シェーンはパッと笑顔になった。
「えっと、じゃあ、大変申し訳ありません…明日の10時に、またここで!」
こうして、ウィルとオリヴィアがプリンセス・トルタに再会するのは、一日延期となった訳である。二人がホテルへと戻る中、また例の古いオルガン曲が聞こえてくる。夕方の鐘に紛れて、少し調子外れな曲ではあったが、オリヴィアはやはりどこかで聞いたことがあるような気がするのであった。まあ、それはさておき。
「ようこそ!我々のしばしの宿へ!」
中央広場でシェーンとロイに再び会い、二人が借りているウィークリーマンションまで来た。清潔感はあるがあまりにも簡素な部屋で、オリヴィアはシェーンとロイが何を重視して部屋を選んだのかわかった気がした。そして、そんな簡素な部屋には少々不釣り合いな、真っ白なウサギのぬいぐるみ。
「プリンセス・トルタ!」
オリヴィアが駆け寄ると、プリンセス・トルタもぴょんと棚から降りてオリヴィアの胸元へ飛び込んだ。オリヴィアはゆっくりと、プリンセス・トルタの毛並みを撫でる。
「良かった……ほんとにオリヴィアに会えたよ……」
プリンセス・トルタが涙声で言うと、俺は?と言いたげな顔でウィルがチラッとプリンセス・トルタを見た。口に出さないのはシャクだからだろう。実際ウィルに口に出すほどプリンセス・トルタへの執着があるとも思えない。オリヴィアは大切な親友を抱きしめながらそう考えた。
「いやー、本当に一手目で上手く行くとは思わなかったんですよ。会えて何よりです」
シェーンはまるで自分のことのように嬉しそうな顔をしている。ロイはベッドに座って大人しくしており、男二人は若干蚊帳の外である。
「で?用はもう終わりな訳?」
「ちょっと、ウィル」
突っかかるようなウィルの言い方に思わずたしなめるオリヴィアだったが、シェーンは苦笑するだけだった。
「いいんです。実は、昨日までなら本当にこれだけで解散しちゃうか、せいぜい演奏会の宣伝をするだけにしよう。と、思ってたんですけど……」
困ったことになりまして、と言いながらもシェーンは、苦笑とは言え笑顔のままだ。
「演奏会、中止になっちゃったんですよ」
「ええっ!?」
「どうして?」
シェーンの一言に、オリヴィアとプリンセス・トルタが続けて声をあげる。
「いやあ、街がね、ユルバンから正式なお断りをもらったようで。それどころか、お昼の街角コンサートもやるなって言われちゃったんです。どうやら今度のイベント自体が中止になるようなんですね。キャンセル料って形で、当初予定されてた旅費の補助はもらったんですけどね。元から無償でやるはずだったし、そこらへんはトラブル無いんですが、旅券の関係で、あと何日か帰れないんですよ。暇になっちゃった訳でして」
えへへ、と笑いながらシェーンが言うが、それは一体どういうことなのだろうか。イベントとは、先日ホテルで聞いたユルバン公の追悼イベントではなかったのか。
「それは……一体……」
オリヴィアが慎重に聞くと、シェーンは困ったような笑顔のまま。
「オリヴィアさんはユルバンに来てから、夕方ごろに何か音を聞いたことはありますか?」
「ええ、夕方の教会の鐘の音。それから、古いオルガンの音を。どこかで聞いたことがあるような気がするけれど……」
シェーンの問いに、オリヴィアがゆっくりと答える。オリヴィアの視界の端で、ウィルが片眉を上げたような気がした。
「聞いたことがある?フォーレクですよ」
突然シェーンの更に後方から声が聞こえる。驚いたようなその声は、ロイの発したものだった。オリヴィアは上手く反応できず、固まってしまう。
「フォーレク?」
「これは驚いた。フォーレの"レクイエム"なんて、なかなかメジャーな曲じゃないですよ。それをオルガンだけで当てるなんて」
ロイの言葉をただ繰り返したオリヴィアに対し、シェーンが関心を寄せた。
「レクイエム……昔何かの機会に、聞いた気がします」
オリヴィアがゆっくりと答える。幼い頃に父に連れられたコンサート。珍しく姉も調子が良く、大人しく聞いているだけだからと一緒に行った覚えがある。
「演奏会でも歌われる曲ですからね。クラシックにはお詳しい?」
「シェーンさん」
「あら失礼。話しすぎは良くないですね」
楽しそうに語り始めようとしたシェーンは、ロイの言葉にハッと我に返ったようだった。心から音楽を愛しているらしいシェーンの気持ちが伝わってくる。これは語り始めたら止まらないやつかもしれない。オリヴィアはシェーンのスイッチを入れない決意を固めた。
「えっとね、ごめんなさい。レクイエムはさっきも言った通り演奏会でも歌われる曲で、中でも"世界3大レクイエム"と言われるのものの一つが作曲家フォーレによるもの。それが最近、夕方の鐘くらいの時間に聞こえてくるんですけど……ちょっと調律が狂ってるんですよねえ。おかげで気分が悪いったら」
「シェーンさん」
「あら失礼」
再びの中断。
「でもこの街の教会、オルガン新しいらしいんですよねえ。調律だってきちんとしてるし。そもそも聞こえてくる音は、少し遠すぎる。街はずれくらいに、それこそユルバン公の時代くらいから使っていた旧教会があるらしいんですが、今は無人らしく」
シェーンは背筋を伸ばし直し、一息つくとオリヴィアを見つめ直した。
「ところでかのユルバン公は生前、非常に音楽を愛していらしたらしいんです。なんでも教会のパイプオルガンを弾ける実力があったのだとか。あれってそんな簡単に出来るもんじゃないですからね、すごいことだと思います。だからユルバン公の霊が、命日が近くなってきて化けて出て、旧教会のオルガンを弾いてるんじゃないか、って。それが"ユルバン公の呪い"って噂になってるから、街は躍起になったけれども流れてくるレクイエムは止まらず。結局直前になって、祟られる前にイベントは中止、って、そういうことらしいです」
おどけたように肩をすくめた、シェーンの語り。そういえばこの間、ウィルも言ってはいなかったか。"ユルバン公の呪い"という噂を聞いてきた、と。
「さっきも言った通り、私達暇になっちゃったんです。それが聞いてみれば、ユルバン公のせい。でも私達だって追悼のため、まさにそのフォーレの"レクイエム"を演奏予定だったんですよ!」
シェーンはそこで、オリヴィアの少し横へ、銀色の逆十字へと視線をずらした。
「これって、何とかなりますか?」
シェーンは、ウィルに問いかけた。
「死者のためのミサ」2.奉納唱
お待たせしました。2話です。概要等は、お手数ですがプロローグをご覧ください。