ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」1.入祭唱と憐れみの讃歌

投稿遅くなりました。「死者のためのミサ」、1話です。内容などは、お手数ですが前回をご覧下さい。

 

 

 

死者は皆、慰めを求めているという。
「慰めが必要なのは、死んだ人と遺された人、どっちだろうねえ」
 シェーンは神妙な口調で呟きながら、部屋のカーテンを開ける。シャッという小気味良い音と共に昇ったばかりの朝日が照らした部屋はかなり簡素で、お世辞にも高級とは言い難いものだった。
「ウサちゃん、起きてる?」
 シェーンが声をかけた先は、窓際の棚の上。
「……プリンセス・トルタ、だもん」
 ややあって答えた声の主は、シェーンが声をかけた棚の上に座るウサギ。白く、ふわふわの、上等な毛皮を持ったウサギ。ただし、ぬいぐるみ。右耳に付いたピンクのリボンと赤いビーズの目がかわいらしいウサギ(自称プリンセス・トルタ)は、昨日駅前広場でシェーンが拾ってきたものだった。午後に駅前広場での用事を済ませたシェーンは、帰り際にウサギのぬいぐるみが落ちているのを発見した。やや古そうだが丁寧に使われているようできれいだったし、こいつをなくして子供が泣いているかも知れない。あるいは何か思い出の品かも知れない。シェーンがそう思い付いたのは、足裏に肉球代わりに押された「ハッピードール」という商品名を見たからだった。子供の出産祝いに贈るぬいぐるみで、いわゆる贈答品であるためお値段も張るはずだ。とにかく、ぬいぐるみへの憐みと若干の好奇心から、シェーンはぬいぐるみを拾って持って帰ることにした。明日にでも交番に届ければいい、と思って。ところが、である。

「ただいまー」
 昨日帰宅したシェーンを出迎えたのは、なんと小脇に抱えたウサギの叫び声だった。
「ちょっと、離して!離しなさいよう!」
「喋った!」
 シェーンはウサギの思わぬ能力に驚いて言葉を発したが、それ以上言葉を続けず次の瞬間にはウサギを放り投げるようにして手から離した。そのふわふわの耳が、拳のように丸まってシェーンを殴りつけてきたのだ。攻撃されてはたまらない。シェーンはとっさに、ウサギの耳を掴んだ。
「みゃああああああ!!!」
「ちょっと待つんだウサちゃん!我々は怪しい者じゃない。いや、君から見れば怪しいかもしれないが、我々から見れば君も充分怪しい。いや、そうじゃなくて…喋るぬいぐるみちゃん、君はパッと見珍しいが、我々は君を受け入れよう。ひとまず、つまり、その攻撃をやめてはくれまいか」
まくし立てるシェーンの謎の必死さと、思わぬ手際の良さで出てきた夕食、そしてお風呂での洗濯に、ウサギことプリンセス・トルタはひとまず停戦することにした訳である。そして一泊の後、今。

「あの人起きないけど、いいの?」
プリンセス・トルタはその丸い手でベッドを指した。そこはシェーンが抜け出た後も尚、何かを、いや誰かを覆って盛り上がっている。
「ロイはなかなか起きないよー。朝ごはん出してあげたら来るから、もう少し寝かしておいて」
シェーンの部屋に眠るのは、同居人のロイである。昨日もいたのだが、さしてシェーンとプリンセス・トルタの争いには関わっていない。因みに寝起きの悪さは折り紙つきだ。シェーンは気にした風も無く朝食の準備を始めた。イングリッシュマフィンをトーストに放り込む。
「ところでプリンセス、あなたは迷子?それとも家出?」
「落っこちちゃったのよ!迷子でも、家出でもないわ。オリヴィアと一緒にユルバンまで来て、でも人が多くて、ぶつかっちゃって…オリヴィアのバッグから落っこちちゃったの。…人に踏み潰されちゃうかと思った。いっぱい蹴っ飛ばされたわ」
「それで汚れてたのねぇ」
シュン、とうなだれたプリンセス・トルタに、神妙なのか適当なのかわからない口調でシェーンが言葉を投げかける。チン、と言う音に反応してマフィンを取り出しながら、ロイー、起きてーなどと呼びかけた。
「とりあえず詳しい事情はいいや。その、オリヴィアを探せばいいのね?」
マフィンを食卓に並べ、ロイをペシペシとひっぱたきながらシェーンが聞く。ロイはまだ起きない。
「うん…オリヴィアに会いたい。会えるかな」
「協力するよ」
シェーンはふっと笑顔になり、プリンセス・トルタに作戦を打ち明けた。

結局昨日の夜、ウィルは帰ってこなかった。オリヴィアはプリンセス・トルタの捜索にホテルに協力を仰いだ方がいいのか迷ったが、結局喋って動くぬいぐるみの噂など聞けず、少し街を散策したに留まった。かつての偉人、ユルバン公の追悼イベントが近いらしく、街はどこも活気付いている。どうやら追悼はお祭りと化しているようだった。困って一度ホテルに戻り、ロビーで座っていたオリヴィアに、スタッフの一人が近付いてきたのは、お昼を少し過ぎた頃。
「すみません、ミス・エマリエル」
「何かしら?」
「こちらに宿泊されている"オリヴィア"様と"ウィル"様は、ミス・エマリエルとお連れ様だけなので…伝言を預かっております。いたずらかもしれませんが、警察に届け出ますか?」
伝言。オリヴィアは首をかしげた。
「誰からでしょう?」
「プリンセス・トルタと申しておりましたが」
オリヴィアはその途端、目を見開いた。まさか。一体どういうことだろうか。
「とりあえず内容を聞きたいわ」
「これを」
渡されたのは、何の変哲も無い一枚の紙。
"オリヴィアとウィルに
プリンセス・トルタが待ってる。明日の3時、中央広場の人ごみが引くまで待っていて。歌うたいがウサギを連れて会いに行くわ。
シェーンより"
オリヴィアは読んだ後も尚、少し首を傾けていたが、スタッフの伺う様な視線に気付いて背筋を伸ばした。
「どんな人でした?」
「若い女でした。この街の人間ではありませんが、少し前から滞在している合唱団の一員だと名乗り、遠方から来ているはずのミス・エマリエルを是非コンサートに誘いたいと」
聞けばユルバン公の追悼のため、街が呼んだ合唱団がいて、イベント当日には教会でコンサートを開くらしい。それまで毎日、昼間は街角で歌っているとのことだった。明日は確かに3時から、中央広場の予定だと言う。そこまでは間違っていない。だがオリヴィアにそんな知り合いはいないし、いたとしても唐突にホテルに伝言を預けていくのは怪しすぎる。スタッフは質の悪いいたずらだと思っているようだし、実際オリヴィアもそう思う。だが…
「これは頂いても?」
「どうぞ、ミス・エマリエル」
「ありがとうございます」
オリヴィアはとりあえず、プリンセス・トルタもといシェーンに賭けてみることにした。

「死者のためのミサ」プロローグ~ガブリエル~

初めまして。山波 鈴(やまなみ すず)と申します。初投稿です。今回はTwitterのフォロワーさんである なる(@simesabatarou1)さんの「メメント」という作品をお借りして、私の「#シロの毎日」というお話と絡めながら、物語を書いてみようという挑戦になります。因みに「メメント」につきましてはこちらhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054884522088  のリンクから、「#シロの毎日」は左記のタグをTwitterで検索していただきますと、ご覧いただけます。それでは、よろしければご覧下さい。
 
 
 
 
 
「じゃあ、あなたの勝手にすればいいと思うわ」
 呆れ果てた声で、オリヴィアはそう言い放った。そう言うしかなかったのだ。二人は普段住む街を離れ、東の街ユルバンに来ていた。かつてこの地を治めていたユルバン公の子孫、由緒正しきユルバン公爵家で行われる舞踏会にエマリエル家が招待された。どうしても外せない取引先との会議のため都合がつかなかった父の代理としてオリヴィアが選ばれたわけだが、皮肉なものだ。家出した訳ではないが、父親と乳母を半ば強引に説得して家を出て来たオリヴィアである。社交場は初めてではないとは言え、(その上ただの付き合いとは言え)貴族の招待にオリヴィアを送るとは。ましてや舞踏会ならパートナーの同伴は常識である。オリヴィアの連れて来れる同伴者と言えば、舞踏会や社交場などとはまかり間違っても関われない様な、サングラスのエセ祓魔師くらいだった。そしてその同伴者候補は、オリヴィアの目の前でへそを曲げている。
「ねえ、舞踏会まであと一週間しかないのよ。ユルバンまで来たのに、どうして今さら出ないなんて言うの?」
「勝手にしていいんだろ」
 彼はつまらなそうに言葉を返した。同伴者候補ことウィルは、招待が来た当初は思いのほか乗り気だったのだ。14のときに初めて参加して以来舞踏会に出ていなかったオリヴィアのためにワルツの練習に付き合ってくれたり、こうしてユルバンまで付いて来てくれたり。それこそオリヴィアが少し驚いたほどであったのに、この心変わりは一体どういうことだろうか。しかしよくよく考えてみれば、ウィルは一度も「舞踏会に同伴する」とは言っていないのであった。そして言い争いの末、始めのオリヴィアの発言へとつながるに至る。一度拗ねてしまったウィルは頑固だ。オリヴィアも「勝手にしろ」と言うしかなかったのである。何せ、問題は舞踏会もといウィルだけではない。
 
 彼らは今日の昼間、プリンセス・トルタとはぐれてしまっていた。オリヴィアが生まれたときにプレゼントされたうさぎのぬいぐるみで、随分昔になくしたと思っていたものだ。久しぶりに再会したときには自分で動いて喋って耳で攻撃できるようになっていたが、今も変わらずそばにいてくれる。今回大人しくぬいぐるみのフリをすることを条件に、ユルバンまで連れてきたのだった。だったのに。ユルバンに到着したその日、つまりはそれが今日の昼間なのだが、慣れない街で人ごみに流されてしまったオリヴィアがあっちでぶつかりこっちでかきわけウィルのところまで戻ってきたときには、バッグから半身乗り出すようにしていたはずのプリンセス・トルタはいなくなっていた。夕方になるまで方々探し回ったが、誰かに拾われたのか蹴っ飛ばされたのか、はたまた自分でうまいこと人に見つからないよう逃げたのか、駅からホテルまでの道のりのどこにもプリンセス・トルタはいなかったのである。こうなるとどこを探したら良いのか知らない街では見当もつかないし、舞踏会の方も今さら違う同伴者を見つける手立ては無い。二つの問題を抱えていささか頭の痛くなったオリヴィアは、部屋の窓を開けた。
 
 外は夕焼け。街の教会から夕の鐘が聞こえてくる。しばらく鐘の音に耳を傾けていたオリヴィアであるが、ふと奇妙な音に気付いた。鐘の音に紛れて、何か音楽が聞こえてくる。パイプオルガンのようにも聞こえるが、同じ教会にあるはずの鐘の音より随分音が遠い。それに素人のオリヴィアが聞いているのではあったが、やや調子はずれのようだった。何故だか妙に、記憶に引っかかる。この曲をどこかで聞いたことがあったろうか……話を振ろうとオリヴィアがウィルを振り返ったのと、ウィルがバタンと音を立てて部屋を出ていったのはほぼ同時だった。
「……はぁ」
 やり場を失ったオリヴィアは、静かに息をついて窓を閉めた。