ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」プロローグ~ガブリエル~

初めまして。山波 鈴(やまなみ すず)と申します。初投稿です。今回はTwitterのフォロワーさんである なる(@simesabatarou1)さんの「メメント」という作品をお借りして、私の「#シロの毎日」というお話と絡めながら、物語を書いてみようという挑戦になります。因みに「メメント」につきましてはこちらhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054884522088  のリンクから、「#シロの毎日」は左記のタグをTwitterで検索していただきますと、ご覧いただけます。それでは、よろしければご覧下さい。
 
 
 
 
 
「じゃあ、あなたの勝手にすればいいと思うわ」
 呆れ果てた声で、オリヴィアはそう言い放った。そう言うしかなかったのだ。二人は普段住む街を離れ、東の街ユルバンに来ていた。かつてこの地を治めていたユルバン公の子孫、由緒正しきユルバン公爵家で行われる舞踏会にエマリエル家が招待された。どうしても外せない取引先との会議のため都合がつかなかった父の代理としてオリヴィアが選ばれたわけだが、皮肉なものだ。家出した訳ではないが、父親と乳母を半ば強引に説得して家を出て来たオリヴィアである。社交場は初めてではないとは言え、(その上ただの付き合いとは言え)貴族の招待にオリヴィアを送るとは。ましてや舞踏会ならパートナーの同伴は常識である。オリヴィアの連れて来れる同伴者と言えば、舞踏会や社交場などとはまかり間違っても関われない様な、サングラスのエセ祓魔師くらいだった。そしてその同伴者候補は、オリヴィアの目の前でへそを曲げている。
「ねえ、舞踏会まであと一週間しかないのよ。ユルバンまで来たのに、どうして今さら出ないなんて言うの?」
「勝手にしていいんだろ」
 彼はつまらなそうに言葉を返した。同伴者候補ことウィルは、招待が来た当初は思いのほか乗り気だったのだ。14のときに初めて参加して以来舞踏会に出ていなかったオリヴィアのためにワルツの練習に付き合ってくれたり、こうしてユルバンまで付いて来てくれたり。それこそオリヴィアが少し驚いたほどであったのに、この心変わりは一体どういうことだろうか。しかしよくよく考えてみれば、ウィルは一度も「舞踏会に同伴する」とは言っていないのであった。そして言い争いの末、始めのオリヴィアの発言へとつながるに至る。一度拗ねてしまったウィルは頑固だ。オリヴィアも「勝手にしろ」と言うしかなかったのである。何せ、問題は舞踏会もといウィルだけではない。
 
 彼らは今日の昼間、プリンセス・トルタとはぐれてしまっていた。オリヴィアが生まれたときにプレゼントされたうさぎのぬいぐるみで、随分昔になくしたと思っていたものだ。久しぶりに再会したときには自分で動いて喋って耳で攻撃できるようになっていたが、今も変わらずそばにいてくれる。今回大人しくぬいぐるみのフリをすることを条件に、ユルバンまで連れてきたのだった。だったのに。ユルバンに到着したその日、つまりはそれが今日の昼間なのだが、慣れない街で人ごみに流されてしまったオリヴィアがあっちでぶつかりこっちでかきわけウィルのところまで戻ってきたときには、バッグから半身乗り出すようにしていたはずのプリンセス・トルタはいなくなっていた。夕方になるまで方々探し回ったが、誰かに拾われたのか蹴っ飛ばされたのか、はたまた自分でうまいこと人に見つからないよう逃げたのか、駅からホテルまでの道のりのどこにもプリンセス・トルタはいなかったのである。こうなるとどこを探したら良いのか知らない街では見当もつかないし、舞踏会の方も今さら違う同伴者を見つける手立ては無い。二つの問題を抱えていささか頭の痛くなったオリヴィアは、部屋の窓を開けた。
 
 外は夕焼け。街の教会から夕の鐘が聞こえてくる。しばらく鐘の音に耳を傾けていたオリヴィアであるが、ふと奇妙な音に気付いた。鐘の音に紛れて、何か音楽が聞こえてくる。パイプオルガンのようにも聞こえるが、同じ教会にあるはずの鐘の音より随分音が遠い。それに素人のオリヴィアが聞いているのではあったが、やや調子はずれのようだった。何故だか妙に、記憶に引っかかる。この曲をどこかで聞いたことがあったろうか……話を振ろうとオリヴィアがウィルを振り返ったのと、ウィルがバタンと音を立てて部屋を出ていったのはほぼ同時だった。
「……はぁ」
 やり場を失ったオリヴィアは、静かに息をついて窓を閉めた。