ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」2.奉納唱

お待たせしました。2話です。概要等は、お手数ですがプロローグをご覧ください。

 

 

 
 
 
オリヴィアが部屋に戻ろうとすると、部屋の前でばったりウィルに会った。
「っ!今まで、どこに……」
言いかけてやめる。どうせ聞く意味など無い。その代わり二人とも一言も交わさずに、部屋へと入った。部屋に入るなりウィルの言葉など聞かず、オリヴィアは先ほどの伝言をウィルの目の前に突きつける。
「誘われてるわ。でも行こうと思うの」
「何の話だ」
ウィルはサングラス越しでもわかるほど眉間に皺を寄せ、紙を受け取る。しばらくして。
「これ、からかわれてんじゃねえ?」
「誰によ」
ウィルの他人事のような調子が気に入らなくて、オリヴィアは噛みついた。
「例えば、お前の父親を呼び出したお貴族様とか?あのウサ公を話で聞いたとかで知ってても不思議じゃないだろ」
「ユルバン公爵には私も父も初対面だわ。付き合いもなかったし、どうやってプリンセス・トルタのことを知るって言うのよ」
「あっそ……でもこれ、本当に手がかりになんのか?」
「そう仰るってことはさぞ核心に迫る手がかりを見つけて帰ってきたんでしょうね」
オリヴィアは皮肉たっぷりに言ったが、ウィルは意にも介さず返答する。
「いや?街中で歩く恐怖のウサギが出たかどうか探してみたけど、結局"ユルバン公の呪い"なんて言う噂しか聞けなかったぜ」
「意外。あなたプリンセス・トルタを探す為に聞き込みしてくれたのね」
「街を散歩して。おかげで不機嫌な社長令嬢サマよりは、楽しめたけど?」
最後の一言に思わずカチンときたオリヴィアは、ウィルの脛を思いっきり蹴りつけた。
「いってえ!」
「決まりね。明日はこの伝言の場所に行くわよ」
 
 
 
  次の日、ウィルとオリヴィアは中央広場にいた。街角演奏会にはちょっとした人だかりが出来ていて、人気の程が伺える。人だかりの中心には確かに十数人ほどの小集団があり、それが例の合唱団のようだ。中から一人が進み出て、簡単な口上を述べる。そして、演奏会が始まった。
 
  演奏会そのものはウィルには退屈だった。昔エドガーの教会で讃美歌ならよく聞いたが、それは本当に「聞いていた 」だけで音楽なんてわからないし、金と暇を持て余した人々の娯楽に価値も感じなかった。一方オリヴィアはそれなりに楽しんだ。音楽に関する素養はなくとも教養のあったオリヴィアは、神への讃歌やこの地の民謡を元にしたらしい数曲に聞き入った。演奏会が終わり、拍手と共に合唱団がお辞儀する。やがて群衆は去って、合唱団もバラバラと散ってゆく。(ウィルと)オリヴィアは、伝言の通り人ごみが引くまで、辛抱強く待った。やがて…
「うわあ。上手くいくとは思わなかった。オリヴィア…さんと、ウィルさんね?」
「何故私達の名前を?」
  若い男女の二人組が、こちらに近付いて来る。オリヴィアの問いに、女の方がチラッと荷物の中身を覗かせた。白いウサギの手が、こちらにひらひらと振られるのが見える。オリヴィアは思わず手を伸ばしたが、ウィルに止められた。
「教えてもらったんです。私はシェーン、伝言のメモを送った者です。こっちはロイ。同じ団の後輩です。良ければ私達の宿までいらっしゃいませんか?ゆっくりお話でもいかがでしょうか」
  女は驚くほど肝の据わった話し方で、こちらに笑顔を向けてくる。警戒心が無いというのもそうだろうが、人慣れしている。男の方は後ろで大人しくしているが、この女はどんどん話を進めてくる。オリヴィアは若干の不安を覚えた。悪い人では無さそうだ。だがこうも相手のペースに呑まれていいのだろうか……
「へぇ、おふたりの愛の巣まで案内してくれるってわけ?見せつけるねえ」
「ちょっと、ウィル」
 ウィルの唐突な冷やかしに、シェーンは口元だけ笑ったまま、固まってひょいと片方の眉をあげた。まずい。怒った。ちょっと放っておけばこれである。オリヴィアは、ウィルは意地悪しか暇つぶしが無いのかと頭を抱えたい気分だった。せっかく見つけた手がかりに逃げられる、と思った次の瞬間、聞こえたのは男の声。
「自分たち、そんなことのためにお呼びだてした訳じゃありません」
 見ればさっきまで大人しく後ろに立っているだけだったロイが、こちらをまっすぐに見ていた。なんだか、反応するべき人と無視するべき人が、ちぐはぐなような。オリヴィアは少しおかしくなって、ふふと笑った。
「ええ、ウィルがすみませんでした。お二人のお部屋まで、案内していただけますか?」