ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」3. 聖なるかな

遅くなりました。3話です。概要、あらすじ等はお手数ですがプロローグをご覧下さい。

 

 

 

ウィルとオリヴィアがシェーンたちに会った翌日。二人はシェーンとロイの宿まできていた。本来なら、昨日あのままシェーンとロイの部屋まで行き、無事にプリンセス・トルタを回収するはずだったのだが。

「シェーン!ロイ!団長が呼んでるぞ!」
昨日のやりとりの、すぐ後のことである。合唱団の団員らしき人が、二人を呼びに戻ってきた。
「えっ、あ、私達、今予定が……ロイ、ロイだけでも行っておいで」
「シェーン、シェーンもだ。悪いが、本番についての連絡を全員に直接したいらしい」
ロイだけを押し出すシェーンに、団員はきっぱりと首を振った。シェーンは困ったように、ウィルとオリヴィアに目を向ける。
「ほら、行けよ」
意外にも、そっけなくではあったがウィルが言う。シェーンはパッと笑顔になった。
「えっと、じゃあ、大変申し訳ありません…明日の10時に、またここで!」

こうして、ウィルとオリヴィアがプリンセス・トルタに再会するのは、一日延期となった訳である。二人がホテルへと戻る中、また例の古いオルガン曲が聞こえてくる。夕方の鐘に紛れて、少し調子外れな曲ではあったが、オリヴィアはやはりどこかで聞いたことがあるような気がするのであった。まあ、それはさておき。
「ようこそ!我々のしばしの宿へ!」
中央広場でシェーンとロイに再び会い、二人が借りているウィークリーマンションまで来た。清潔感はあるがあまりにも簡素な部屋で、オリヴィアはシェーンとロイが何を重視して部屋を選んだのかわかった気がした。そして、そんな簡素な部屋には少々不釣り合いな、真っ白なウサギのぬいぐるみ。
「プリンセス・トルタ!」
オリヴィアが駆け寄ると、プリンセス・トルタもぴょんと棚から降りてオリヴィアの胸元へ飛び込んだ。オリヴィアはゆっくりと、プリンセス・トルタの毛並みを撫でる。
「良かった……ほんとにオリヴィアに会えたよ……」
プリンセス・トルタが涙声で言うと、俺は?と言いたげな顔でウィルがチラッとプリンセス・トルタを見た。口に出さないのはシャクだからだろう。実際ウィルに口に出すほどプリンセス・トルタへの執着があるとも思えない。オリヴィアは大切な親友を抱きしめながらそう考えた。
「いやー、本当に一手目で上手く行くとは思わなかったんですよ。会えて何よりです」
シェーンはまるで自分のことのように嬉しそうな顔をしている。ロイはベッドに座って大人しくしており、男二人は若干蚊帳の外である。
「で?用はもう終わりな訳?」
「ちょっと、ウィル」
突っかかるようなウィルの言い方に思わずたしなめるオリヴィアだったが、シェーンは苦笑するだけだった。
「いいんです。実は、昨日までなら本当にこれだけで解散しちゃうか、せいぜい演奏会の宣伝をするだけにしよう。と、思ってたんですけど……」
困ったことになりまして、と言いながらもシェーンは、苦笑とは言え笑顔のままだ。
「演奏会、中止になっちゃったんですよ」
「ええっ!?」
「どうして?」
シェーンの一言に、オリヴィアとプリンセス・トルタが続けて声をあげる。
「いやあ、街がね、ユルバンから正式なお断りをもらったようで。それどころか、お昼の街角コンサートもやるなって言われちゃったんです。どうやら今度のイベント自体が中止になるようなんですね。キャンセル料って形で、当初予定されてた旅費の補助はもらったんですけどね。元から無償でやるはずだったし、そこらへんはトラブル無いんですが、旅券の関係で、あと何日か帰れないんですよ。暇になっちゃった訳でして」
えへへ、と笑いながらシェーンが言うが、それは一体どういうことなのだろうか。イベントとは、先日ホテルで聞いたユルバン公の追悼イベントではなかったのか。
「それは……一体……」
オリヴィアが慎重に聞くと、シェーンは困ったような笑顔のまま。
「オリヴィアさんはユルバンに来てから、夕方ごろに何か音を聞いたことはありますか?」
「ええ、夕方の教会の鐘の音。それから、古いオルガンの音を。どこかで聞いたことがあるような気がするけれど……」
シェーンの問いに、オリヴィアがゆっくりと答える。オリヴィアの視界の端で、ウィルが片眉を上げたような気がした。
「聞いたことがある?フォーレクですよ」
突然シェーンの更に後方から声が聞こえる。驚いたようなその声は、ロイの発したものだった。オリヴィアは上手く反応できず、固まってしまう。
フォーレク?」
「これは驚いた。フォーレの"レクイエム"なんて、なかなかメジャーな曲じゃないですよ。それをオルガンだけで当てるなんて」
ロイの言葉をただ繰り返したオリヴィアに対し、シェーンが関心を寄せた。
「レクイエム……昔何かの機会に、聞いた気がします」
オリヴィアがゆっくりと答える。幼い頃に父に連れられたコンサート。珍しく姉も調子が良く、大人しく聞いているだけだからと一緒に行った覚えがある。
「演奏会でも歌われる曲ですからね。クラシックにはお詳しい?」
「シェーンさん」
「あら失礼。話しすぎは良くないですね」
楽しそうに語り始めようとしたシェーンは、ロイの言葉にハッと我に返ったようだった。心から音楽を愛しているらしいシェーンの気持ちが伝わってくる。これは語り始めたら止まらないやつかもしれない。オリヴィアはシェーンのスイッチを入れない決意を固めた。
「えっとね、ごめんなさい。レクイエムはさっきも言った通り演奏会でも歌われる曲で、中でも"世界3大レクイエム"と言われるのものの一つが作曲家フォーレによるもの。それが最近、夕方の鐘くらいの時間に聞こえてくるんですけど……ちょっと調律が狂ってるんですよねえ。おかげで気分が悪いったら」
「シェーンさん」
「あら失礼」
再びの中断。
「でもこの街の教会、オルガン新しいらしいんですよねえ。調律だってきちんとしてるし。そもそも聞こえてくる音は、少し遠すぎる。街はずれくらいに、それこそユルバン公の時代くらいから使っていた旧教会があるらしいんですが、今は無人らしく」
シェーンは背筋を伸ばし直し、一息つくとオリヴィアを見つめ直した。
「ところでかのユルバン公は生前、非常に音楽を愛していらしたらしいんです。なんでも教会のパイプオルガンを弾ける実力があったのだとか。あれってそんな簡単に出来るもんじゃないですからね、すごいことだと思います。だからユルバン公の霊が、命日が近くなってきて化けて出て、旧教会のオルガンを弾いてるんじゃないか、って。それが"ユルバン公の呪い"って噂になってるから、街は躍起になったけれども流れてくるレクイエムは止まらず。結局直前になって、祟られる前にイベントは中止、って、そういうことらしいです」
おどけたように肩をすくめた、シェーンの語り。そういえばこの間、ウィルも言ってはいなかったか。"ユルバン公の呪い"という噂を聞いてきた、と。
「さっきも言った通り、私達暇になっちゃったんです。それが聞いてみれば、ユルバン公のせい。でも私達だって追悼のため、まさにそのフォーレの"レクイエム"を演奏予定だったんですよ!」
シェーンはそこで、オリヴィアの少し横へ、銀色の逆十字へと視線をずらした。
「これって、何とかなりますか?」
シェーンは、ウィルに問いかけた。