ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」4.慈悲深きイエス

遅くなって大変申し訳ありません。4話です。概要やあらすじなどは、お手数ですがプロローグをご覧ください。
 
 
 
 
 
 
「だああああああああああっ」
 シェーンはウイークリーマンションの質素な部屋の中、叫びながらセミダブルのベッドに飛び込んだ。元々ベッドに座っていたロイは、今や大人しくベッドに寝っ転がっていたが、冷静にシェーンへと顔を向ける。
「納得できませんか」
 ロイが声をかけた先、彼のすぐ隣に細長く伸びたシェーンは、答えの代わりにうぅと唸った。
「どうしました?」
 優しく、いつもより少し高めの声は、シェーンより年下とは思えない包容力を発揮して、まるで親か兄のようにすら思えてくる。
「…わからない」
 シェーンは顔をベッドにうずめたまま言った。
「なんでこんなことになってるのか。なんで歌えないのか。わかんない」
 せっかくの休みにユルバンなんて遠くまで来た。フォーレの”レクイエム”だって大きな作品だから滅多にできない。いっぱい練習したのに。「ユルバン公の呪い」と呼ばれる怪奇現象により演奏会は中止、おまけに街角コンサートすら禁止されてしまった。歌うことを、許されない。なんて。
「シェーンさん歌うの大好きですもんね」
 いや。大好きなんてもんじゃない。シェーンにとって”ウタ”とは、「好き」とはちょっと違う。特段「好き」という訳でもない。むしろ上手い人と一緒に歌うと劣等感ばかり刺激されていき、苦しいとおもうことすらある。だが楽しくない訳ではない。作詞者の、作曲者の、そして音楽の妙を感じる度に、取り憑かれたように楽譜をめくった。あえて、「好き」に代わる言葉をあてるとするなら。
「逃げられないの。歌からは。」
 シェーンはさも神妙な様子を装って隣のロイに告げた。そう、逃げられないと言ったほうが正しいのだろう。
 
 
 つい先ほどのことである。この信じられないような状況を打破しようと、シェーンはこの部屋を訪れたウィルという青年に相談をした。プリンセス・トルタ曰く、アルビオンの祓魔師で実力は確からしい。蛇の道は蛇、だ。その道のプロに頼れ。シェーンは思い立ったら即行動するタイプだった。ところが。
「やだ」
 ウィルの返答は、単純かつ明快なものだった。
「あ、ダメですか。あはは」
 困ったときに笑ってごまかそうとしてしまうのは、シェーンのクセだ。良いクセではないのは自覚済み。
「俺は悪魔専門だから」
「ちょっと、少しは協力するとか、二人は恩人でしょう?」
 さっさと出ていくウィルの背中にオリヴィアが声をかけるが、時すでに遅し。答えの代わりにバタンという無機質な音が響く。プリンセス・トルタを抱えて、オリヴィアは深く一礼した。
「いつもウィルがすみません。でも、私もできることは協力したいです。また今度」
 ウィルを追ってオリヴィアも出ていく。そして二人が出て行った瞬間、シェーンはベッドに飛び込んだのだった。
 
 
「わかんない。なんで団員のみんなもしょうがないって受け入れちゃうのか。そもそも旧教会でパイプオルガンなんて弾いてるのは誰なのか。何故フォーレのレクイエムなのか。妨害なの?なんなの?もう、さ。訳わかんなくない!?」
 シェーンは半ばヤケクソになってベッドの上でごろごろと動き回る。寝床を荒らされたロイが無表情にシェーンを片手で抑えた。シェーンとロイ、二人の視線が本日初めて交差する。
「ご、ごめん」
 二人の状況は、大抵どちらかに分が悪い。今回はシェーンにいささか不利だったようだ。しかしこれで事件は解決、二人の雰囲気はいつもさっぱりしたものだった。
「あーもう人生うまくいかないし、爪切ろ」
「『人生が上手く行かないときは爪を切れ』っておばあちゃんが言ってたから?」
 シェーンのぼやきにロイが反応する。これはもういつもの関係。
「あ、それ嘘だから」
 しかしシェーンの一言に、ロイは戦慄する。
「嘘?」
「え、いやほら、『おばあちゃんが言ってた』って言うと、古くからの経験が活かされているっていうか、なんか説得力増すっていうか、知恵って感じするじゃん!?」
「信じてたのに…」
「ごめん」
 二人の状況は、大抵どちらかに分が悪い。今回はシェーンにいささか不利だったようだ。