ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」7.楽園にて

大変お待たせしました。7話です。作品についてやあらすじなどは、お手数ですがプロローグをご覧下さい。
 
 
 
 
「……整理しましょう」
 いささか疲れた様子の溜め息と共に、シェーンがそう言い出した。
「まず、夜な夜な聞こえてたパイプオルガンは?」
「本当にユルバン公の幽霊だったみたいですね」
 平板な調子でロイが答える。
「なんでパイプオルガンでフォーレクなんか弾いてたのかしら」
「ウィルさんの話では、理由はわからないとのことでした。『ただの暇つぶしじゃねぇ?』と言ってましたが、少なくとも”呪い”やなんかの物騒な理由ではなさそうですね」
「じゃあ本当に、自分の命日が近くなってうっかり”出て”きちゃったユルバン公の幽霊が、とりあえず記憶を頼りに知ってる教会まで行って、自分の好きだった曲を弾いちゃったりして遊んでただけ、ってこと……?」
「そうみたいですね」
「そんなんアリかよ」
「だって昨日ウィルさんがそう言ってたじゃないですか」
 思わずガックリとした突っ込みを入れてしまったシェーンに、ロイが冷静に返す。
「昨日、ねえ~」
「ユルバン公、成仏してよかったですね?」
 ”ユルバン公の呪い”と呼ばれる騒ぎ。今は無人の旧教会から、オンボロのパイプオルガンの音が聞こえてくる。「レクイエム」の音が、1日1曲ずつきっちりと。その騒ぎの舞台となった街はずれの旧教会に、シェーンとロイが侵入したのは昨日の夕方だ。
「成仏したの!?ホントに!?だって教会に足跡あったよ!?
「あれはウィルさんとオリヴィアさんのだったじゃないですか。他に人が入った形跡もありませんでしたし」
「じゃあ……オルガン!パイプオルガンの送風装置はなんで動いてたのよ!?」
「それは自分も知りません。ウィルさんが『幽霊には力を持ってる奴もいる』って言ってたから、多分そういうことなんじゃないですかね」
 昨日シェーンとロイが旧教会で歌った後、パイプオルガンは一切鳴らなくなってしまった。そしてウィルにことの顛末(であろうこと)を説明してもらい、4人は帰路についたのだ。そして翌日に当たる今日、旧教会のパイプオルガンは最後の曲を奏でない。昨日既に演奏されていることを、果たして知るのはこの街の住民の内どれほどか。
ラテン語って、すごい力を持ってるのね?」
 昨日シェーンとロイが歌ったレクイエムはラテン語の曲だった。ギリシャ語も少し入っているとかなんとか。まぁ詳しいことはシェーンもよく知らない。
「わかりませんよ?案外自分のオルガンに、歌がついたから満足して成仏したのかも。ラテン語の歌が魔力を持って、幽霊を成仏させたんじゃないかもしれませんね」
「う~ん、少なくとも……ユルバン公の追悼イベントは中止になっちゃったわよね。呪いや、祟りや、恐ろしいことは何にもなくて、街は勝手にびびってイベント中止、子孫は命日とか何にも考えず今夜舞踏会を実施、本当にいたのは、愉快な幽霊だけってこと?」
「そういうことになりますね」
「そんなことのために、わざわざユルバンまできた私たちはお払い箱ですか!!すんごい平和なオチで事件は解決したけど、本番は復活しない!!」
 歌う機会を奪われて怒り心頭のシェーンだが、一方ロイはいっそ冷静を通り越して楽しそうですらある。
「まあいいじゃないですか。自分たちのコンサートが中止になって、いいこともあったでしょ?」
 ロイの言葉を受け、シェーンも機嫌を直してニヤリと笑った。
「そうね、コンサートも今夜、舞踏会も今夜じゃ、ズーデンの燕尾服を借りてくるなんて不可能だったもの。……ねぇ?プリンセス?」
 シェーンがものすごく悪そうに話しかけたのは、そう、プリンセス・トルタ。可憐なウサギのぬいぐるみは共犯者の笑みを(その顔でどうやったのかわからないが)浮かべると、ベッドの上でもぞもぞと動き続ける何者かの口を塞いでいたタオルを外す。
「こんのウサ公!」
 悲しいかな罠にかかったウィルは、苦し紛れに叫んだ。ちなみにここはシェーンとロイのウィークリーマンションではなく、ウィルとオリヴィアのホテルである。オリヴィアは今夜の舞踏会に向けて既に発っており、とうとう説得できなかったウィルが部屋に残っていたのだった。なんの前触れもなくプリンセス・トルタが部屋の鍵を開けると、突然シェーンとロイが襲撃してきたのだ。不意を突かれたとは言えウィルがこうして手足を縛られ拘束されてしまったのは、主犯がシェーンだったことが原因だった。ウィルはシェーンがただの人間であることをよーく分かっていたし、そうすると自分の保護者であるエドガーに叩き込まれた「女性には優しくしなさい」という言葉に何となく逆らうことができず、シェーンを悪魔と思って反撃することもできなかったのだ。意外にも紳士な祓魔師である。
「まあ、諦めて下さい。こうなったら、この人は止まりませんよ」
 ロイが相変わらず平板な調子で言ったが、コイツ絶対楽しんでやがる。ウィルは確信した。
「ふっざけんな!なんで俺が……ちょっ、おい、うわ、やめろ、やめろおおおおおおお!!!」
 ウィルの悲鳴が、部屋に響き渡った。
 
 
 
「……ふぅ」
 オリヴィアは溜め息をつく。華やかな舞踏会のために誂えた、淡いピンクのイブニング・ドレス。その裾がふわりと揺れても、彼女がたった一人なのは変わらない。結局ウィルを説得し損ね、代わりの相手も見つけられず、一人で舞踏会にやってきたオリヴィアは、もう長いこと壁の花と化していた。一人で行ってもまさか踊れないということはないだろう……と、思っていたのだ。しかし。誘われない。全く誘われない。ダンスに、誰にも、誘われない。最初にごく簡単に挨拶をしたユルバン公爵でさえ、オリヴィアと踊ることはなかった。魅力が無いから?社交界で相手を探すには年を取りすぎた?それとも単に、今まで顔を出してこなかったせいで知り合いがいないから?いや、もういい。考えるのはやめよう。オリヴィアは庭へ出て、小さな噴水のそばを散策した。踊りつかれたのか同じように庭を散策する人、出会った相手を口説こうとホールから連れ出してきた人、様々だったが庭では踊らないのはオリヴィア一人ではない。少し気持ちが紛れて、オリヴィアは屋敷の明かりが噴水に反射する様を眺めていた。
 すると突如ホールがざわめいて、庭の人々も何が起きたと屋敷へ戻っていく。完全に乗り遅れたオリヴィアであったが、却って誰もいない庭が心地よいような気がして、噴水のそばに留まった。しばらくして弦の調律の音が聞こえてきて、次がラストダンスなのだと悟る。静かな笑みを浮かべて、オリヴィアは諦めた。
「なに?お前ぼっち?」
 背後から声を掛けられ、びくっとしてオリヴィアが振り返る。するとそこに立っていたのは、燕尾服に身を包み、サングラスもせず赤い目を晒したウィルだった。
「ウィル……」
「あれ?お前、白いドレスなんか着てんの?」
「これはピンクよ。暗いから白く見えるだけ。一度見せたような気がするけど、あなた全く覚えてないのね」
 とぼけたようなウィルの調子。一瞬でも見惚れたことが悔しくて、オリヴィアは嫌味を返す。ちょうどそのとき後ろから柔らかな音楽が聞こえ、ホールが一層賑わった。
「まあいいや。どうぞ?じゃじゃ馬娘」
 差し出された手に、オリヴィアはびっくりして尋ねる。
「あなた……これ、ラストダンスなのよ。わかってるの?」
「間に合ったってことだろ」
 ウィルの顔や手に小さなあざやひっかき傷を認め、オリヴィアは更に首をかしげた。だが、知ってか知らずか余裕たっぷりなウィルを癪に思い、オリヴィアは手を取った。
「お願いします。ろくでもないエクソシストさん」
 ウィルがそっと手を引き、二人は踊り始める。
「だから、エクソシストじゃねぇよ」
 誰もいない庭で、たった一組のラストダンスだった。ダンスホールのざわめきも明かりも窓を一枚隔てて遠く、淡いピンクのドレスはほとんど白くひらめいた。