ホットミルクに角砂糖

Twitterにて山波 鈴(@yamanami_suzu)という名前で140字小説を投稿しております。少し長い文章や日常のお話など、いろいろと書きたくてブログを始めました。内容は基本的にTwitterのフォロワー様向けですが、どなた様もどうぞお気軽に覗いていって下さいませ。

「死者のためのミサ」エピローグ~平穏を~

お待たせしました。これにて完結、エピローグです。概要やこのお話を書くに至った経緯は、お手数ですがプロローグをご覧下さい。

 

 

「楽しかったわね」
ここは駅。帰りの高速列車を待ちながら、シェーンがそう声をかけた。
「自分はもう二度と経験しなくていいです」
シェーンが声をかけた相手、ロイはげっそりとしてそう答える。昨日オリヴィアとウィルが舞踏会から帰ってきた時、シェーンとロイは既に自分たちのウィークリーマンションへと戻っていた。けれども帰ってから直行したらしく、夜中ウィルはシェーンたちに燕尾服(と蝶ネクタイ)を返しにきた。睡眠が何より大切なロイは、生活リズムを狂わされてご立腹という訳だ。演奏会は無くなっても約束の一週間は過ぎる訳で、こうしてシェーンとロイはユルバンを去る時が来た。因みに燕尾服はそのままズーデンへと丁重にお返しした。
「今度さ、カスターニャ市でお祭りやるんだって。行ってみない?」
シェーンはいたずらっぽくロイに微笑む。
「また旅行ですか……自分ら学生なんですよ」
ロイはまだご機嫌斜めなようで、むすっとしながら答えた。
「ほら、でも、カスターニャ市って、ウィルさんとオリヴィアさんの住んでる街らしいよ? 行ってみたくない?」
「行くなら卒論ちゃんと書いて下さいね」
「いいの!?やったー!卒論ちゃんとやりまーす」
調子よく答えるシェーンに、ロイもようやっと微笑む。
「就職先がやっと見つかったのに、ここで卒業出来なかったら笑えないなと思っただけです」
シェーンは大学4年生。単位もお金もギリギリで生き続けるタフなガールであった。
「そうね。最後の年に、面白い思い出が出来たね。新しい友達にも出会えたし?」
「シェーンさんって本当に謎のコミュ力ありますよね……」
二人は同じ合唱団の仲間に続いて、高速列車へと乗り込む。小さな窓から見えるのは駅の喧騒ばかりで味気ない。
「さよなら、ユルバン」
シェーンが優しく呟く。合唱団の面々を乗せた列車は、ゆっくりと走り出した。

「なんだかんだ楽しかったわね」
ここも駅。帰りの列車に乗るため、ホームで待っていたオリヴィアがそう言った。
「もうこりごりだ」
素っ気なくウィルが答える。そういえばこの旅行中、ウィルは振り回されっぱなしだったのかもしれない。オリヴィアのバックの中で大人しく収まっているウサギのぬいぐるみが、心なしか動いたような気がする。
「今度は落ちるなよ」
ウィルがぼそっと呟いた。ウサギのぬいぐるみことプリンセス・トルタから殺気が発せられ、列車に乗ってコンパートメントに座ったら速攻殴られることをウィルは察した。
「また、会えるかしら。シェーンさんとロイさん」
「冗談じゃねぇ。じゃじゃ馬娘はお前一人で充分だ」
「あなたって本当に……」
遠くを見るように目を細めて、出会った二人について思いを馳せていたオリヴィアは、ウィルの悪態にげんなりする。
「どうしようもない人ね」
その言葉とは裏腹に、華やかな微笑みを浮かべるオリヴィア。思わずハッとしたウィルだったが、次の瞬間には我に帰って列車に乗り込む。
「ほら、行くぞ」

オリヴィアとウィル(とプリンセス・トルタ)、それからシェーンとロイの不思議な一週間は、こうして幕を閉じたのであった。